久保沢市・原宿市(読み)くぼさわいち・はらじゆくいち

日本歴史地名大系 「久保沢市・原宿市」の解説

久保沢市・原宿市
くぼさわいち・はらじゆくいち

[現在地名]城山町川尻

甲州道脇往還および津久井道の交通路で、しかも津久井喉元に位置し、久保沢宿は谷津やづ川沿いの狭小の地を、原宿はこれより東方約一キロほどの平坦地を新開した宿で、慶長(一五九六―一六一五)の後半より寛永(一六二四―四四)の前半頃代官守屋行広により開市された。当時川尻かわしり村は一村で相名主(太兵衛・理兵衛)であった。寛永七年上川尻村下川尻村に分村、久保沢は上川尻村に、原宿は下川尻村に属した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む