久本村(読み)ひさもとむら

日本歴史地名大系 「久本村」の解説

久本村
ひさもとむら

[現在地名]高津区久本

東は坂戸(さかど)村、西は下作延(しもさくのべ)村、北は溝口(みぞのくち)村、南は末長(すえなが)村に接する。西および南は丘陵、北東は平地で矢倉沢(やぐらさわ)往還が中央西南を溝口村より入り下作延村へ至る。関免(せきめん)・猿田(さるた)・このまなどの小字がある。小田原衆所領役帳には島津又次郎「拾四貫弐百文 稲毛久本」とある。

近世は初め幕府直轄領、寛永一〇年(一六三三)旗本川勝・長坂領の二給。延宝九年(一六八一)五月矢倉沢往還二子(ふたこ)宿・溝口宿の助郷村となる(「二子溝口村助郷帳」森文書)。延享四年(一七四七)の稲毛川崎用水通田反別堰々諸色人足一件(横浜市添田文書)によれば田三四町五反余、畑五町九反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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