久留島通祐(読み)くるしま みちすけ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「久留島通祐」の解説

久留島通祐 くるしま-みちすけ

1738-1791 江戸時代中期-後期大名
元文3年生まれ。久留島光通(てるみち)の子。明和元年豊後(ぶんご)(大分県)森藩主久留島家6代となる。大番頭(おおばんがしら)などをへて伏見奉行をつとめる。前奉行小堀政方(まさみち)の悪政にくるしみ,また天明6年におきた飢饉(ききん)で困窮する伏見町民への課税軽減。領内では産業の振興につくした。寛政3年5月13日死去。54歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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