久留島(読み)くるしま

日本歴史地名大系 「久留島」の解説

久留島
くるしま

[現在地名]津市岩田(いわた)

伊予(いよ)町と岩田町の西裏に位置する。寛延(一七四八―五一)頃の「宗国史」によると、城中に久留嶋町とある。町名は慶長一三年(一六〇八)藤堂高虎が、伊予の今治(いまばり)(現今治市)から津へ転封した時、高虎に従って伊予来島(くるしま)(現今治市)より来住した武士たちが居住したことによるとする説が一般的である。元和三年(一六一七)の高虎文書(津市史)に「くるしま衆は雅楽代官所へ相越、三月朔日より舟に石つみ候用意可仕候」とあり、来島より津へ移転した来島衆があったことが確認される。この地は来島衆と藤堂采女の家臣の住宅地であったが、寛永一七年(一六四〇)采女が伊賀上野の城代家老となったので、代わって藤堂出雲の家臣が住み、中屋敷と称した(草蔭冊子)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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