采女(読み)うねめ

精選版 日本国語大辞典 「采女」の意味・読み・例文・類語

うね‐め【采女】

[1] 〘名〙 (「うね」は領巾(ひれ)などを首に懸ける意の「うなく」と関係があるか) 後宮女官一つで、天皇皇后の日常の雑役に従事した者。大化前代では国造(くにのみやつこ)・県主(あがたぬし)などの地方豪族が一族子女大王に奉仕させ、令制下では諸国郡司一族の子女のうちで一三歳から三〇歳までの容姿端正な者を選んで出仕させて宮内省采女司が管轄し、後宮の水司膳司などに置かれた。本来はもっぱら天皇に奉仕すべき役割をもち、原則として終身の職であった。采女貢進単位は奈良時代において、兵衛と同じく郡であったので、「牟婁采女」などのように郡名をもって呼ばれるのが原則であった。平安以降は国が貢進単位となるなど変質したが、名目的には江戸時代まで続いた。うねべ。→采女の司(つかさ)
※令義解(718)後宮職員「其貢采女者。郡少領以上姉妹及女」
古今(905‐914)仮名序「あさか山のことばは、うねめのたはぶれよりよみて」
[2] 謡曲三番目物。各流。世阿彌作。「大和物語」による。昔、猿沢の池に身を投げた采女の亡霊が旅僧にその故事を語り回向を頼む。

うね‐べ【采女】

[1] 〘名〙 =うねめ(采女)
※書紀(720)履中即位前(図書寮本訓)「其れ、倭直等、采女(ウネヘ)を貢(たてまつ)ること蓋し此の時に始るか」
[2] 三重県の古地名。伊勢国三重郡五郷の一つ。現在の四日市市采女町の一帯。

さい‐じょ ‥ヂョ【采女】

〘名〙 (「采」は「採」で、採択した女子の意) 宮中に奉仕する女官。
※妙一本仮名書き法華経(鎌倉中)八「そのひと、すなはち七宝の冠をきて、采女(サイチョ)のなかにして娯楽快楽せむ」 〔後漢書‐后紀下〕

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デジタル大辞泉 「采女」の意味・読み・例文・類語

うねめ【采女】

宮中の女官の一。天皇・皇后の側近に仕え、日常の雑事に従った者。律令制以前からあったとみられるが、律令制では諸国の郡司一族の子女のうちから容姿端麗な者を出仕させて、宮内省采女司うねめのつかさが管理した。名目的には江戸時代まで存続した。うねべ。
[補説]曲名別項。→采女

うねめ【采女】[謡曲]

謡曲。三番目物。作者未詳。世阿弥説もある。昔、猿沢池に身を投げた采女の霊が、旅僧に故事を語り、僧が回向えこうすると舞をまう。

うねべ【采女】

うねめ」に同じ。
「時持がは、朱雀院すざくゐんの御時、―をなむし侍りし」〈宇津保・楼上下〉

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普及版 字通 「采女」の読み・字形・画数・意味

【采女】さいじよ(ぢよ)

女官。民間より選んだ。〔後漢書、五行志一〕靈(しばしば)西園中に戲し、後宮の女をして客舍の人と爲し、身には賈のを爲し、行いて舍に至り、女酒を下し、因りて~飮を共にし以て戲樂を爲す。

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改訂新版 世界大百科事典 「采女」の意味・わかりやすい解説

采女 (うねめ)

古代の宮廷で天皇に近侍し,食膳などに奉仕した下級女官。地方豪族の娘が貢進され,出身地名を冠して呼ばれた。起源は5世紀ごろまでさかのぼり,国造(くにのみやつこ)や県主(あがたぬし)たちが,朝廷への忠誠の保証として貢進した。大化改新後は,郡の大領・少領(長官・次官)の娘や姉妹で形容端正な者が貢進され,〈伊勢国飯高郡采女飯高君笠目〉のように郡名を冠して呼ばれた。後宮の水司に6人,膳司に60人配属されたほか,他の後宮諸司の女孺(によじゆ)にも任ぜられた。采女関係の事務をつかさどる役所に宮内省所管の采女司があり,また采女の生活費に充てるため,諸国に采女田が置かれた。上級の女官に任ぜられたり,五位以上に叙せられるなど諸種の恩典に浴する者もあった。9世紀に入ると,貢進単位は国となり,〈紀伊国采女紀寛子〉のように国名を冠して呼ばれ,定員も47名に減員された。采女はその後長く存続したが,もはや形骸的存在であった。
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采女 (うねめ)

能の曲名。三番目物鬘物(かつらもの)。作者不明。シテは采女の霊。旅の僧(ワキ)が奈良の春日の里を訪れると,若い女(前ジテ)が来て木を植えたので理由を尋ねる。女の言うには,春日明神がここに祭られた最初は,木陰さえない山だったが,藤原氏の人々がつぎつぎに木を植えてこのような茂みとなったもので,いわば神木の植樹なのだと説明する(〈カタリ〉)。女はさらに僧を猿沢の池に導き,帝の愛を失った采女が身投げをした所だと教え,自分はその采女の幽霊だと告げて池に入ってしまう。僧が弔いをすると,女(後ジテ)は昔の姿で現れ,采女の身にまつわる物語をし(〈クセ〉),舞を舞い(〈序ノ舞〉)などしてまた波間に消える。クセ・序ノ舞が中心だが,植樹の説明にもかなりの力をかけている。両者の関連性が薄いので,植樹のくだりを切り捨てる変型演出もある。
執筆者:

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「采女」の解説

采女
うねめ

後宮に出仕した女官。令制以前は,国造(くにのみやつこ)・県主(あがたぬし)など地方豪族が一族の女性を朝廷への服属の証として貢進し,天皇に近侍,とくに食膳に奉仕した。采女を母とする皇子女もいた。令制では,郡の少領以上の姉妹・娘で容姿の端正な者が3郡に1人貢進され,742年(天平14)からは郡ごとに1人となった。水司(もいとりのつかさ)・膳司(かしわでのつかさ)・女嬬(にょじゅ)にあてられ,采女司が統轄した。この時期の采女は高位に昇進した例が多い。9世紀に貢進が一時停止されたが復活,国別貢進となり,39国47人制となって存続したが,下臈(げろう)の地位となった。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「采女」の意味・わかりやすい解説

采女
うねめ

後宮女官の一つ。天皇のそば近く仕え,食事のことにたずさわった。大化以前からすでにみられ,大化改新のとき,少領以上の郡司の姉妹,子女で,容姿端正なものを貢進することと定められた。令制では宮内省采女司の管轄に属し,水司に6人,膳司に 60人などがおかれた。大同2 (807) 年,采女貢進の制度は一時廃止され,節会の陪膳に奉仕する陪膳の采女,髪上の采女などにその名をとどめたが,やがてその制度は衰退した。

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百科事典マイペディア 「采女」の意味・わかりやすい解説

采女【うねめ】

女官の一つ。天皇に近侍(きんじ)して寝食に奉仕する。大和朝廷時代や律令時代には,全国の国造(くにのみやつこ)や郡司が未婚の姉妹・子女を差し出し,祭祀(さいし)に奉仕させるなど宗教的な意味や人質としての政治的な意味もあった。やがて形式化し人数も減り,中・近世には諸大夫(しょだいぶ)の娘がこれを務めた。
→関連項目縫殿寮

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旺文社日本史事典 三訂版 「采女」の解説

采女
うねめ

古代,後宮女官の一種
大化前代にも存在したが,令制では郡の少領以上の子女で容姿端麗な者を後宮に出仕させた。雑役に従事する下級女官であるが,政治に関与したり,天皇の寵愛を得て権力をもった者もあり,宮廷では大きな位置をしめた。

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世界大百科事典(旧版)内の采女の言及

【氏女】より

…日本古代の畿内貴族が,後宮の下級の女官である女孺(によじゆ)にあてるため貢進した女性。大化前代に,地方豪族である国造(くにのみやつこ)が,采女(うねめ)を朝廷に貢進する慣習があり,これが律令制にひきつがれ,郡司が姉妹子女を采女として貢進する制度として成立した。そして,これとは別に天武朝から畿内の諸氏は,年13~30歳の女性を,氏別に1人貢進することが定められたが,これを氏女という。…

【後宮】より

…また律令支配機構に参加した女性を宮人(くうにん)と総称したが,中心は十二女司に勤務する女性らで,諸司が名に負う職掌で天皇に奉仕したが,天皇の家政機関的な性格が濃く,官位相当規定はない。諸司の掌(しよう)以上が〈職事〉,以下の女孺(によじゆ),采女(うねめ)らを〈散事〉とよぶが,男性官人に準ずる給禄の准位規定(表)があり,蔵司の筆頭である尚蔵以下の地歩が推定できる。そこでは蔵司を最高に,膳・縫司がこれに次ぎ,天皇に常侍して奏請・宣伝する内侍司(ないしのつかさ)は,その次に位置したが,しだいに内侍司の地歩が上昇し,蔵司と肩を並べるに至った。…

【襅】より

…神事に奉仕するものが衣服の上に着ける白衣。たとえば大嘗会(だいじようえ)のさいに,神饌(しんせん)や陪膳(ばいぜん)に奉仕する女官(采女(うねめ))の装束では,白の小袖に紅の切袴(きりばかま),これに絵衣(えぎぬ)という白地に草花模様を泥絵で描いた袿(うちき)様の衣を着け,さらに波衣(なみごろも)という薄縹(はなだ)に白く青海波をあらわした唐衣(からぎぬ)様の短衣を重ね,その上に襅を打ちかけて着るのである。こういう近世の襅は,白の生絹に草花や水などの模様を藍摺(あいずり)にしたもので,形も祭事に男子の用いる小忌衣(おみごろも)と似て,身二幅に袖一幅でおくみのない,襟つきの垂領(たりくび)形であるが,本来は小忌衣が垂領形であるのに対して,襅は貫頭衣形のものであったらしい。…

【ヒメ・ヒコ制】より

…男首長への支配権の一元化を通じて古代国家の形成がすすむにつれ,この体制は急速に消滅していった。ヒメ・ヒコ制を廃するために,宗教権をもったヒメを召し上げる制度として実施されたのが采女(うねめ)制であった。一方沖縄では,各家から国家のレベルに至るまで,ピラミッド型の二重支配体制ができ上がり,女性が長く宗教権を握り続けた。…

※「采女」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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