久米平内(読み)クメノヘイナイ

デジタル大辞泉 「久米平内」の意味・読み・例文・類語

くめ‐の‐へいない【久米平内/粂平内】

江戸初期の伝説的人物九州の人。本名、兵藤長守。江戸に出て千人斬りの願を起こしたが、悔い改めて、自らの像を刻んで浅草寺せんそうじ仁王門外に置き、通行人に踏みつけさせたという。のち、「踏みつけ」が「文付け」と解され、縁結びの俗信対象とされるようになった。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「久米平内」の解説

久米平内 くめの-へいない

1616-1683 江戸時代前期の剣術家。
元和(げんな)2年1月4日生まれ。熊本で生まれ,三河挙母(ころも)藩につかえたのち,江戸赤坂で武技をおしえた。鈴木正三(しょうさん)につき座禅をまなんだとされるが,異説おおい。東京浅草寺境内に平内像といいつたえられる石像がある。天和(てんな)3年6月6日死去。68歳。本姓は兵藤。名は長守。通称は別に平内兵衛。法号は無関一素居士。久米は妻方の姓という。

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367日誕生日大事典 「久米平内」の解説

久米平内 (くめのへいない)

生年月日:1616年1月4日
江戸時代前期の武士
1683年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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