人間以上の力の存在を信じ、それに対処する知識や技術のうち、因果関係の証明の困難なものをいう。人間以上の力には、自然、神、霊などの力を含む。信仰の対象は人間より高い位置にあり、人はつねに願い、拝み、頼り、おすがりする立場にあるが、俗信の場合は、人間以上の力を誘導したり、対抗したり、支配することさえある。
俗信には、予兆、卜占(ぼくせん)、禁忌、呪術(じゅじゅつ)、妖怪(ようかい)、憑(つ)き物(もの)などがある。予兆と禁忌は知識であり、卜占と呪術は技術である。妖怪・憑き物も知識であるが、複合的なあり方をとっている。まず予兆は、なにかの現象が将来おこるできごとの前兆(前知らせ)であるということで、地震は天変地異の前触れであるとか、夕焼けがあると明日は天気だとかいうような自然現象による予兆と、人相・手相や夢知らせなど人に関する予兆とがある。原因と結果との結合状態から予兆を分類すると、「つまずいたとき、親指が痛いと親不孝」のような直接連想、「朝、坊さんに会うと縁起が悪い」のように、坊さんから葬式を連想する間接連想、観天望気などの経験知識、「仏壇の鉦(かね)がひとりでに鳴ると人が死ぬ」などの心霊的現象、以上の四つに分けることができる。
卜占はウラナイで、予兆を判断し予兆から結果を予測する技術である。洋の東西、文化程度の高低にかかわらず存在するものであるが、原始的な社会では、より多く政治に結び付き、その結果に対する信頼も強いが、高文化社会では趣味的となって、遊びの要素が強まってくる。卜占の目的は、真実の探求、選定・選択、未来の予測であるが、その手段・方法が恣意(しい)的であり、偶然に左右されることが多いため、気休めや遊びの傾向に進んだ。
禁忌は俗信上の禁止事項で、土地や物に関するもの、忌まれる行為、日時や方角に関するもの、忌みことばなどがある。禁忌の場合も、なぜ忌まれるのかという観点から、直接連想、間接連想、経験知識、心理的要因の四つに分類することができる。「ご飯を食べてすぐ横になると、牛または犬になる」は、牛や犬が食べてすぐ横になるのを直接的に連想したものである。「3人で写真に写ると真ん中の人が死ぬ」は、弥陀(みだ)三尊を思い浮かべ、仏さまから間接的に死を連想したものである。経験知識によるものには、「尾先、谷口、宮の前」などに住居を建てるなという禁忌がある。崖(がけ)崩れ、鉄砲水、よそ者の往来する場所を避けろということである。心理的要因に基づくものには、葬列の行きか帰りか一方だけ拝むのを「片葬礼」、8月十五夜と9月十三夜の片方だけ祭るのを「片見月」といって忌む。異常性、不完全、非対称などが禁忌の対象になっている。
呪術はマジナイである。「まじない」を軽い意味合いのものや呪文(じゅもん)に限定するとらえ方もあるが、漢語と在来の日本語との違いにすぎない。人間以上の力と人間との関係を主眼に、手段によって呪術を分類すると、虫送りのように穏やかな手段で悪霊を村境から外に送り出す誘導呪術、成木(なりき)責めのように本来もっている霊力を利用しようとする触発呪術、村境に片足の大草鞋(わらじ)を下げたり、家の門口にとげのあるものをつけたりして外敵の侵入を防ごうとする対抗呪術、石地蔵を縄で縛って願(がん)をかけ、かなえてくだされば縄をほどいてあげますというように、人間が優位にたつ支配呪術などがある。
妖怪は、体験者自身の精神的な動揺と不安定な心理に基づき、主として自然現象を誤認したものであるが、ある音響を天狗(てんぐ)のしわざと断定し、水死人を河童(かっぱ)の被害者と判断するのは、伝承的な知識に基づく。妖怪に出会った人の側からいうと、何ものかが化けて(姿を変えて)出現したことになる。現在知られている日本の伝承的な妖怪は500種目ほどあるが、そのうち亡魂・遊魂など御霊(ごりょう)信仰系のものが300近くあり、行逢(ゆきあ)い神、みさき、ひだる神などの例がある。残りの200ほどは祖霊信仰系のもので、河童などの水神、天狗・山姥(やまうば)などの山の神、座敷(ざしき)わらしなど家の神、その他の妖怪化したものをあげることができる。
最後の憑き物は、シャーマニズムshamanismの日本的な一変形ともいえるが、基本的には種々の霊が人にのりうつるという霊魂信仰に基づく。狐(きつね)・犬神・狸(たぬき)などの動物霊その他が人体に憑依(ひょうい)する現象をいう。個人にのりうつるという「憑き」の現象と、その状態が家系を伝わるという「持ち」の現象とがある。「憑き」は治療の可能な精神的な病気の一種であるが、狐の霊がのりうつっているなどと判断するのは伝承的な知識に基づく。「持ち」とか「筋(すじ)」とかいわれるものは、急に豊かになった家などに対する周囲のやっかみなどが多く、きわめて不当なものである。縁組みが破談になるなど社会的な緊張をもたらすものがあり、人権のうえからも許容することができない。しかし俗信一般は、国民性や民族性の本音の部分を率直に示しており、精神生活を究明していくための重要な手掛りになるものである。
[井之口章次]
『井之口章次著『日本の俗信』(1975・弘文堂)』
高度に組織化,体系化された宗教ではなく,古代からの信仰が俗化あるいは沈潜化して,今日まで民間で信じられているもの。民俗(間)信仰の一部。その中心は予兆,卜占,禁忌(タブー)とそれに連なる呪術である。またこれと関連する諺,呪文それに民間医療法,妖怪,幽霊などに関する伝承も,この俗信の概念の中に含まれ,その範囲は広い。俗信はそれぞれの民族や村落社会で伝承されてきたものであり,それを一概に非科学的,前論理的と言いきるわけにはいかない。俗信とはいえ,人々の長い歴史的な経験の積み重ねに立脚したものも多く,たとえば〈夕焼け,明日は晴れ〉とか〈秋の夕焼け,鎌をとげ〉などの諺は,それなりの合理性をもつものであり,非科学的として片づけられないものをもっている。このような現代科学の基準からみても合理性,科学的妥当性をもつ俗信と,いかなる観点からみても,それらをもたない俗信とがある。われわれはその後者を,とくに〈迷信〉と呼び,〈俗信〉と〈迷信〉を区別して用いている。俗信,迷信の中にはその起源・由来などが明確でないものが多い。
予兆と結果,あるいは結果から原因が推測され,また,結果を招かないための禁忌が多く語られ,予兆を確認するための卜占がある。予兆・卜占によって,ある結果が予測されると,それを避けるための禁忌や呪法が要求される。赤不浄・黒不浄,それに精進などの習俗である。人間の肉体的・精神的成長,安定のために俗信は簡単に否定し去りえないものを有している。
執筆者:野口 武徳
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