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久須美疎安 くすみ そあん

美術人名辞典の解説

久須美疎安

江戸前期の茶人藤村庸軒女婿。号は河東散人・鷯巣子。千宗旦最晩年の弟子。京都岡崎に茶室洗竹庵を営み、京極高弘・石川自安と共に岡崎の三隠士(三老)と呼ばれた。千利休伝来の鷲棗を所持し、『茶話指月集』の著がある。享保13年(1728)歿、93才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

久須美疎安 くすみ-そあん

1636-1728 江戸時代前期-中期の茶人。
寛永13年生まれ。千宗旦(そうたん)晩年の弟子。藤村庸軒(ようけん)の娘婿。京都岡崎にすみ,京極高広(安智),石川自安とともに岡崎の三隠士とよばれる。庸軒の口述を「茶話指月集」としてまとめた。享保(きょうほう)13年5月8日死去。93歳。通称は小兵衛,小右衛門。号は法竹庵,鷯巣子(りょうそうし),河東散人。

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朝日日本歴史人物事典の解説

久須美疎安

没年:享保13.5.8(1728.6.15)
生年:寛永13(1636)
江戸中期の茶人。千宗旦の弟子藤村庸軒の女婿。名は小兵衛。洗竹庵,鷯巣などと号した。京都上京新在家の人。のち鴨東の岡崎に住し,石河自安,京極高広(安智)らと共に岡崎三隠士と呼ばれた。茶を宗旦,庸軒に学んだので,宗旦門下ともされる。元禄14(1701)年,庸軒による宗旦からの聞き書きを主とした『茶話指月集』を板行。茶の湯の逸話集としては比較的早い成立。庸軒の茶道具を彷彿させる手作りの茶碗,茶杓などが残るが,数は少ない。<参考文献>村井康彦『利休七哲宗旦四天王』

(谷端昭夫)

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