九日市上町村(読み)ここのかいちかみんちよむら

日本歴史地名大系 「九日市上町村」の解説

九日市上町村
ここのかいちかみんちよむら

[現在地名]豊岡市九日市上町ここのかいちかみのちよう

九日市中町ここのかいちなかんちよ村の南に位置し、東を円山まるやま川が流れる。西は標高一〇〇メートル台の丘陵戸牧とべら村と分れる。中世九日市庭ここのかいちば(九日市・九日)とよばれた地域の南部を占め、その中心地であったとみられる。九日上町村ともいう(天保郷帳など)

当地には御屋敷おやしきの小字名とその南端部に地名庁先ちようさきがあり、室町時代の但馬守護山名氏の領国在所と伝え、山名大明神小祠同族の法華宗真門流開祖日真の産湯井戸も残る。御屋敷北方(九日市下町)に日真が住持した妙経みようきよう寺があり、山名氏菩提寺金胎こんたい寺の後身と伝える。康正二年(一四五六)一〇月一七日、「城崎郡居住」の山名宗全(持豊)は当地の「西光精舎」(現時宗西光寺)で亡母の法要を営んでいる(蝉庵稿)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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