亀田町新田(読み)かめだまちしんでん

日本歴史地名大系 「亀田町新田」の解説

亀田町新田
かめだまちしんでん

[現在地名]亀田町亀田・本町一―四丁目・東本(ひがしほん)町一―四丁目・中島(なかじま)一―四丁目・大月(おおつき)三丁目・東船場(ひがしふなば)一―五丁目・旭(あさひ)一―二丁目・同四丁目・西(にし)町一―二丁目・同四丁目・諏訪(すわ)一―三丁目・稲葉(いなば)一―三丁目・東(あずま)町一丁目・向陽(こうよう)一―四丁目

栗(くり)ノ木(き)川の上流に沿って立地する在郷町。東は北山(きたやま)新田(現新潟市)、南は袋津(ふくろづ)村・貝塚(かいづか)新田、西は船戸山(ふなとやま)新田に接する。貝塚新田の開発名主である村木七右衛門が慶安四年(一六五一)開発に着手、中谷内(なかやち)新田と称した。承応二年(一六五三)鎮守諏訪神社を勧請。寛文七年(一六六七)と推定される新発田藩の御領内見分之書付(貴船家文書)に家数一〇・人数九三とある。元禄郷帳は北山新田枝郷、亀田町新田とし高一八八石三斗余。

町立ては元禄五年(一六九二)中谷内新田の三二人から名主村木善右衛門へ趣意書(亀田町史)が出されたのが最初である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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