二ッ屋口留番所跡(読み)ふたつやくちどめばんしよあと

日本歴史地名大系 「二ッ屋口留番所跡」の解説

二ッ屋口留番所跡
ふたつやくちどめばんしよあと

[現在地名]河合村二ッ屋

もと番所役人であった松井家の上に続く台地にあった小規模な関所。延宝二年(一六七四)飛越国境裁決後、高山藩境谷さかいだに原に番所を設置し、元禄九年(一六九六)これを二ッ屋に移した。当時三一ヵ所あった飛騨の口留番所は、寛政二年(一七九〇)以降一七ヵ所となり、越中境には荒田あらた中山なかやま(現神岡町)小豆沢あずきざわ(現宮川村)、二ッ屋・羽根はね小白川こじらかわ牛首うしくび(現大野郡白川村)の七番所があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む