日本歴史地名大系 「二ッ谷村」の解説
二ッ谷村
ふたつやむら
東は陸奥湾に臨み、南は
貞享四年(一六八七)の検地帳の石浜村(現蟹田町)の耕地の所在地に「磯山」がみられ、当時から字名として存在し、後に二ッ谷村となっていたが、明治二二年(一八八九)の町村制施行の時、再び磯山となったと考えられる。寛政以前
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
東は陸奥湾に臨み、南は
貞享四年(一六八七)の検地帳の石浜村(現蟹田町)の耕地の所在地に「磯山」がみられ、当時から字名として存在し、後に二ッ谷村となっていたが、明治二二年(一八八九)の町村制施行の時、再び磯山となったと考えられる。寛政以前
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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