二ッ谷村(読み)ふたつやむら

日本歴史地名大系 「二ッ谷村」の解説

二ッ谷村
ふたつやむら

[現在地名]平舘村石浜いしはま 磯山いそやま

東は陸奥湾に臨み、南は深泊ふかどまり(現蟹田町)、西は清水股しみずまた(五五六・二メートル)支脈を隔てて小国おぐに(現蟹田町)、北はすぎ村に接する。

貞享四年(一六八七)検地帳石浜村(現蟹田町)耕地の所在地に「磯山」がみられ、当時から字名として存在し、後に二ッ谷村となっていたが、明治二二年(一八八九)の町村制施行の時、再び磯山となったと考えられる。寛政以前きた郡の寄浪きなみ(現下北郡脇野沢村)から木浪家、算用師さんようし(現三厩村)から算用子家の二軒が移住し、村の中央を流れる小川を挟んで住んだことから二ッ屋ふたっやとよばれたという。天明八年(一七八八)菅江真澄の「外が浜つたひ」に「二ツ屋、杉の浦に至る」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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