井波城跡(読み)いなみじようあと

日本歴史地名大系 「井波城跡」の解説

井波城跡
いなみじようあと

[現在地名]井波町井波・松島

八乙女やおとめ山の北麓、井波の町並を見下ろすように張出した台地北端、現井波八幡宮一帯に所在した。礪波城ともいう。戦国期末まで礪波地方の一向宗の拠点で、城郭的形態をもっていた瑞泉ずいせん寺を引継いで築かれた。城の東側の東大谷ひがしおおたに川を天然の堀とし、背後を峻険な八乙女山によって守られている。前身瑞泉寺に拠る一向宗徒は、文明一三年(一四八一)二月山田やまだ川において福光ふくみつ城主石黒勢と戦いこれを破ったが、この時には寺の周囲に堀も土塁もなかったという(闘諍記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む