京尾村(読み)きようおむら

日本歴史地名大系 「京尾村」の解説

京尾村
きようおむら

[現在地名]久米南町京尾

南畑みなみはた村の南東に位置する。「作陽誌」によれば慶安年間(一六四八―五二)西方下神目しもこうめ(現御津郡建部町)から分村し、もとは経納と書いたという。村名由来については同村に鎮座志呂しろ神社に神饌を供えることから供納としたとか、同社の神田として開拓された地であるから饗納としたとかの伝えがある。正保郷帳では下神目村の内で、田四三五石余・畑二三九石。正保二年(一六四五)の当村の地押改帳写(久米南町誌)に田六三石余・畑二六石余とある。元禄一〇年(一六九七)の美作国郷村帳には京尾とあり、高一〇七石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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