日本歴史地名大系 「仁別山」の解説 仁別山にべつやま 秋田県:秋田市太平地区仁別村仁別山[現在地名]秋田市仁別旭(あさひ)川上流の太平(たいへい)山地一帯を称し、杉の美林が深い。久保田(くぼた)城下至近の山としておもに御納戸用に用いられ、城下や近隣農村の木材・薪炭の供給地であった。享保三戌年二月改御領内出物并御入用積書(秋田県庁蔵)によれば、「仁別山より取出候小羽、材木御払代」は一ヵ年におよそ三〇〇貫ほどであり、米代川下しの能代御材木代八〇〇貫目と比しても、大きな額である。文化(一八〇四―一八)頃の「六郡郷村誌略」も「年々御材木此山より出る、又炭多く出る、御直山と称するもの一年炭七千俵一俵十二〆目忠進と云もの四千俵材木薪此川筋を下す、泉村の役所にて改るなり、七十余年の間年々材木二万本を出すを怠らず」と記す。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by