今井 清彦
イマイ キヨヒコ
明治・大正期の神官 伏見稲荷大社宮司。
- 生年
- 万延1年5月10日(1860年)
- 没年
- 大正11(1922)年10月3日
- 出身地
- 伊勢国(三重県)
- 学歴〔年〕
- 神宮本教館卒
- 経歴
- 神宮本教館で学び、明治15年伊勢神宮宮掌となる。16年日比谷神宮教院録事、権大講義となり宇都宮本部副長を兼ねた。18年大阪本部に転じ、21年再び伊勢神宮に入り主典となり、23年神祇官復興を運動する。24年福井県の気比神社宮司、29年藤島神社宮司などを経て、39年皇典講究所幹事となり国学院大主事を兼務。大正3年伊勢神宮少宮司、11年京都の伏見稲荷大社宮司となった。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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今井清彦 いまい-きよひこ
1860-1922 明治-大正時代の神職。
万延元年5月10日生まれ。神宮本教館でまなぶ。福井県の気比(けひ)神社,藤島神社の宮司などをへて,明治39年皇典講究所幹事兼国学院大主事。大正3年伊勢神宮少宮司,11年京都の伏見稲荷(ふしみいなり)大社の宮司となった。大正11年10月3日死去。63歳。伊勢(三重県)出身。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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