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藤島神社 フジシマジンジャ

百科事典マイペディアの解説

藤島神社【ふじしまじんじゃ】

福井市毛矢に鎮座。旧別格官幣社。新田義貞をまつる。社地は1338年義貞が足利勢との戦いで討死した場所に由来。1870年創建。例祭は8月25日。
→関連項目福井[市]

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世界大百科事典 第2版の解説

ふじしまじんじゃ【藤島神社】

福井市毛矢にあり,新田義貞をまつる。1338年(延元3∥暦応1)義貞は北朝方の斯波高経と戦い,越前藤島で戦死した(藤島の戦)。1870年(明治3)福井藩知事松平茂昭は,新田塚と呼ばれていた義貞戦死の地に祠を建てたが,76年にその社名が藤島神社と定められ,別格官幣社に列せられた。81年に近くに移転したが,1901年に足羽(あすわ)山の中腹に移された。義貞の弟脇屋義助,子義顕・義興以下の将士を配祀する。

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大辞林 第三版の解説

ふじしまじんじゃ【藤島神社】

福井市岩堀町にある神社。新田義貞を主神とする。1870年(明治3)福井藩知事松平茂昭が建立。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

藤島神社
ふじしまじんじゃ

福井市毛矢(けや)三丁目に鎮座。南北朝時代の武将新田義貞(にったよしさだ)を主神とし、新田義宗(よしむね)・脇屋義助(わきやよしすけ)以下の一族郎党を合祀(ごうし)する。1333年(元弘3・正慶2)義貞は、倒幕の旗をあげて鎌倉に攻め入り、北条氏を滅ぼし、建武(けんむ)政権で後醍醐(ごだいご)天皇に重用される。1338年(延元3・暦応1)足利尊氏(あしかがたかうじ)側と戦い、藤島で戦死した。
 義貞戦没地と伝えられる燈明寺畷(とうみょうじなわて)より江戸時代初期に兜(かぶと)が出土、福井藩主松平氏歴代は遺跡の保存に努め、1870年(明治3)松平茂昭(しげあき)は同地に社殿を造営した。1876年別格官幣社に列せられ藤島神社と称し、1901年(明治34)現在地に遷座。例祭5月1~3日。社宝に義貞所用と伝える発掘の鉄製銀象眼(ぞうがん)兜、鎌倉期の太刀(たち)二口、紙本結城宗広(しほんゆうきむねひろ)書状(いずれも国の重要文化財)などがある。[平泉隆房]

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