今朝平村(読み)けさだいらむら

日本歴史地名大系 「今朝平村」の解説

今朝平村
けさだいらむら

[現在地名]足助町今朝平

足助川の支流今朝平川が北から流れ込むところにできた台地に立地。東は中之御所なかのごしよ村、南は足口あしくぢ村、西は足助村、北は山を隔てて林間りんま村に接する。集落の中心は村の中央を通る伊那いな街道沿いに延びており、一部は足助川左岸にもある。美濃国恵那えな郡の明知あけち岩村いわむらに通じる美濃街道の分岐点で、街道は今朝平川左岸の山の中腹を通って林間村へと通じる。現在は伊那街道の南、足助川左岸を主要地方道設楽―瀬戸線が通り、村外れで国道一五三号に結び付く。「三河志」に今朝平村古屋敷があり、原田権左衛門の名が記されるが、真弓まゆみ山山麓の字八万はちまんにあったこと以外不詳。

明治一四年(一八八一)の今朝平村誌反別係ル部并追加(天野家文書)によると、天正二〇年(一五九二)の宮川五左衛門内、谷三郎右衛門検地では、田一町八反八畝・畑七反三畝余で、田畑高合三二石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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