仲代達矢
なかだいたつや
[生]1932.12.13. 東京,東京
[没]2025.11.8. 東京
俳優。本名は仲代元久。日本を代表する俳優で,映画や舞台の名作に数多く出演した。
東京市目黒区に生まれ,父が早逝し,戦中および戦後しばらくは苦しい生活を送る。1952年に俳優座養成所の 4期生となり,1955年に俳優座に入団。千田是也に師事し,『ハムレット』など多くの舞台に立つ。映画では小林正樹監督に見出され,『黒い河』(1957),『人間の條件』(6部 3作。1959~61),『切腹』(1962)などに出演した。このほか,『用心棒』(1961),『椿三十郎』(1962),『影武者』(1980),『乱』(1985)などの黒沢明作品,さらに成瀬巳喜男,岡本喜八ら日本を代表する名監督のもとで仕事をした。1975年,妻の宮崎恭子(筆名は隆巴)とともに「無名塾」をつくり,後進の育成に努める。舞台では『令嬢ジュリー』『どん底』(ともに 1975年)で毎日芸術賞および芸術選奨文部大臣賞を,『リチャード三世』(1993)で紀伊國屋演劇賞をぞれぞれ受賞したほか,『ドライビング・ミス・デイジー』(2005年初演)では奈良岡朋子と共演,高く評価された。『新・平家物語』(1972),『大地の子』(1995)をはじめテレビドラマにも多数出演した。
1992年フランスの芸術文化勲章シュバリエ,1996年紫綬褒章,2003年勲四等旭日小綬章を受章。2013年川喜多賞および朝日賞,2021年菊池寛賞を受賞。2007年文化功労者選定。2015年文化勲章受章。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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仲代達矢 なかだい-たつや
1932- 昭和後期-平成時代の俳優。
昭和7年12月13日生まれ。昭和27年俳優座養成所にはいり,30年「幽霊」で注目される。映画は31年「火の鳥」で本格的にデビューし,「人間の条件」でスターとなり,「用心棒」「椿三十郎」「切腹」などに出演。舞台では「ハムレット」「東海道四谷怪談」などがある。50年妻の宮崎恭子とともに無名塾をひらいた。平成17年「ドライビング・ミス・デイジー」で芸術祭大賞。19年文化功労者。26年長年の俳優活動と後進育成による演劇・映画界への貢献で朝日賞。東京出身。千歳高卒。本名は元久。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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仲代 達矢 (なかだい たつや)
生年月日:1932年12月13日
昭和時代;平成時代の俳優;演出家
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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世界大百科事典(旧版)内の仲代達矢の言及
【劇団】より
…俳優座は48年に創作劇研究会を発足させ,三島由紀夫ら新進劇作家にも場を与えた。49年には演劇研究所を創立,付属俳優養成所を開校して,仲代達矢(1932‐ ),太地喜和子(1943‐92)ら数多くの新人俳優を世に送りだした。そして54年に戦後最初の劇団拠点劇場として東京六本木に俳優座劇場を建設した。…
【大菩薩峠】より
…第4回は大映の《大菩薩峠》三部作(1960‐61)で,監督は第1部・第2部が三隅研次,第3部が森一生,机竜之助には市川雷蔵,お浜・お豊には中村玉緒が扮した。第5回は東宝の《大菩薩峠》(1966)で,監督は岡本喜八,机竜之助を仲代達矢,お浜を新珠三千代が演じた。 これら5回の映画化のなかでは,[内田吐夢]版が仏教的な無常感を全編にただよわせて,原作の宗教文学としての側面を濃密に表現し,傑作とされている。…
※「仲代達矢」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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