翻訳|Hamlet
イギリスの劇作家シェークスピアの五幕悲劇。1601年ごろの作。ハムレット王子の原話は12世紀のデンマークの歴史家サクソ・グラマティクスの『デンマーク史』(1514)にみえており、すでに1589年にはロンドンでハムレット劇が上演されていた。その作者はキッドと推定され、作品は「原ハムレット」と呼び習わされているが残存しない。シェークスピアはこれに基づいて新しい戯曲を書いたものと想像される。
デンマークのハムレット王が急逝したので、王妃ガートルードはまもなく王の弟クローディアスと再婚し、クローディアスが王となる。ハムレット王子は早すぎた母の再婚を嘆くが、やがて先王の亡霊が現れ、弟によって毒殺されたことを王子に告げる。ハムレットは復讐(ふくしゅう)のために狂気を装い、最愛の宰相ポローニアスの娘オフィーリアまでも失うことになる。
知識人のハムレットは亡霊の素性を疑い、王の本心を探るため国王殺しの芝居を見せるが、王は顔色を変えて立ち上がる。ハムレットは母の私室に呼ばれ、王に対する無礼をとがめられるが、彼は逆に彼女の誤った再婚を難詰する。その間に壁掛けの後ろに隠れたポローニアスを王と誤って刺殺するが、最後に王妃と和解する。王は身の危険を感じ、ハムレットをイギリスに送ってイギリス王に彼を殺させようとする。しかしハムレットは海上で王のイギリス王あての親書を改竄(かいざん)して、監視役のローゼンクランツ、ギルデンスターンの処刑をイギリス王に命じ、自身は海賊船を利用して帰国する。一方、父と恋人を失ったオフィーリアは狂死し、父の死はクローディアスによるものとして誤解したポローニアスの息子レアティーズは、王の奸計(かんけい)にのせられてハムレット殺害に一役を買うことになる。王はハムレットとレアティーズのフェンシング試合を仕組むが、その席上で王妃は、王がハムレットのために用意した毒酒を飲んで死に、ハムレットもレアティーズも1本の毒剣のために死ぬことになるが、最後にハムレットは同じ毒剣で王を刺して復讐を遂げ、王位はノルウェー王子に譲られることになる。
[小津次郎]
『ハムレット』の創作された年は、シェークスピアの属する宮内大臣一座にとって財政危機の時期であり、観客動員の必要があったため、当時流行の復讐悲劇を書いたものと推定されるが、形式的にはその伝統を守りながら、戯曲の重点は主人公ハムレットに置かれている。教養も豊かで、国民の信望も厚く、宮廷の華とうたわれた青年王子ハムレットが、父の突然の死と、母の早すぎた再婚に衝撃を受け、憂鬱(ゆううつ)に陥ったやさきに亡霊の出現にあい、叔父王殺害によって父の復讐を遂げた。しかし、国家の秩序回復を図らねばならぬ義務を負わされて、精神の安定を失い、恋人を失い、誤って人を殺し、ついには自分自身が殺されんがためにイギリスに送られるという波瀾(はらん)に満ちた生涯を送り、最後にはすべてを神の摂理にゆだねる心境に到達するという、1人の知識人の精神史を描いたものとして世界の演劇史上に特筆すべき作品となっている。続く『オセロ』『マクベス』『リア王』とともに、シェークスピアの「四大悲劇」の一つに数えられている。日本では1903年(明治36)11月、土肥春曙(どいしゅんしょ)、山岸荷葉(1876―1945)の翻案による『ハムレット』が川上音二郎一座により上演され、また1907年11月には、坪内逍遙(しょうよう)訳による『ハムレット』が文芸協会演芸部によって初めて上演された。
[小津次郎]
イギリス映画。1948年作品。ローレンス・オリビエ監督。映画、舞台双方においてイギリスきってのスター俳優であったオリビエの『ヘンリイ五世』(1944)に続く主演兼監督作。映画と演劇のスタイルを混淆(こんこう)させた前作とは異なり、撮影はほとんどセットの中に限定され、パンフォーカス撮影(近景から遠景までを鮮明に映し出す撮影技法)や移動撮影、スポットライト的照明など、映画技法・技術の粋(すい)を凝らした演出が試みられた。プロットにも大胆な省略や変更が施され、物語の求心力が強められている。オリビエ以下優れた俳優陣の演技力はいうに及ばず、撮影デズモンド・ディキンソンDesmond Dickinson(1902―1986)、美術ロジャー・ファースRoger Furse(1903―1972)、装置カーメン・ディロンCarmen Dillon(1908―2000)、音楽ウィリアム・ウォルトンと、一流のスタッフを結集、イギリス・アカデミー作品賞に加えて、アカデミー作品賞、主演男優賞、美術監督・装置賞、衣装デザイン賞を受賞した。オリビエが主演、監督したシェークスピアものにはもう一本、カラーで映画化した『リチャード三世』(1955)がある。なお『ハムレット』はその後も映画化され、フランコ・ゼッフィレッリ版(1990)、ケネス・ブラナー版(1996)、マイケル・アルメレイダMichael Almereyda(1960― )版(2000)がある。
[宮本高晴]
『木下順二訳『ハムレット』(講談社文庫)』▽『福田恆存訳『ハムレット』(新潮文庫)』▽『M・スコフォールド著、岡三郎・北川重男訳『ハムレットの亡霊』(1983・国文社)』▽『J・パリス著、谷口正子・植田祐三訳『ハムレット――構造分析的試論』(1984・国文社)』
イギリスの劇作家シェークスピアの悲劇。1601年ころ作,02年ころ初演。原話は北欧の民話で,12世紀のデンマークの史家サクソ・グラマティクスが書き記したものを基にしたフランス語の物語をシェークスピアが読んだ節はあるが,直接下敷きになったのは,1580年代末にロンドンで上演されて人気を呼んだ作者不詳の劇(《原ハムレット》と呼びならわされる。作者はT.キッドという説もある)であったと想像される。デンマーク王子ハムレットは父王の急逝後あまりにも早く母が父の弟で王位を継いだクローディアスと再婚したことに悩むが,やがて父の亡霊によって父が叔父に毒害されたことを告げられる。彼は父王暗殺の状況を筋に仕組んだ芝居をクローディアスに見せてその反応を試す一方,狂気を装って復讐の機をうかがうが,そのうちに王と誤って重臣ポローニアスを刺殺してしまい,その娘で彼の恋人であったオフィーリアは狂死する。遊学先から帰国したポローニアスの息子レアティーズは,王と結託して親善試合の最中にハムレットを毒剣で刺し,ハムレットもまた彼と王を殺して死ぬ。
《ハムレット》については,復讐劇の枠組みの中に,母親の罪に苦悩する知的な青年主人公の悲劇をはめこんだ特異な作品として,さまざまな解釈が行われてきた。ことに19世紀には,主人公の性格分析が作品解釈の中心課題として盛んに行われ,S.T.コールリジに代表されるロマン主義批評は,非行動的な〈悩める知識人〉というハムレット観を強く打ち出した。しかし20世紀に入ると,こうした性格批評よりも,〈強いられた状況の劇〉〈権力と世襲との劇〉など,劇全体のモティーフやドラマの構造原理に,より大きな関心が払われることが多い。
日本への初期の移入では,明治半ばに外山正一や矢田部良吉による部分訳(いずれも《新体詩抄》(1882)所収),仮名垣魯文による翻案《葉武列土倭錦絵(ハムレツトやまとにしきえ)》(1886)などが試みられたが,完訳は戸沢姑射(こや)(正保)と浅野馮虚(ひようきよ)(和三郎)の共訳(1905),それに続く坪内逍遥訳(1909)以降である。逍遥訳初版は,もっぱら実演に便宜なように企図したため,訳詞が歌舞伎式,七五調となったと彼自身述懐している。上演面では,土肥春曙と山岸荷葉が明治の華族のお家騒動物に翻案したものを川上音二郎の一座が1903年東京本郷座で上演,葉村年丸(原作のハムレット)を藤沢浅二郎が,おりえ(オフィーリア)を川上貞奴が演じた。原作に忠実な上演は文芸協会設立(1906)以降で,1911年には逍遥訳・演出(配役,ハムレット=土肥春曙,オフィーリア=松井須磨子)により上演された。
執筆者:笹山 隆+鎌田 薫
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シェークスピアの四大悲劇の一つ。1602年初演。父の生命と王位,さらに母までも叔父に奪われたデンマークの王子ハムレットの復讐物語。ハムレット伝説の原型は13世紀にみられるという。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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… ところで,中世における各種の文書史料ならびに17,18世紀に作製された残存の耕地図などにより,ヨーロッパの集落形態を考えてみると,それには大きく分けて次の三つのタイプが,中世以来存在していたことがわかる。すなわちその一つは,ほぼ30戸前後の農民家屋敷がおのおの自家の菜園地を伴いながら,〈むら〉の中心部に核をなして密集し,その周囲を垣根や柵で取り囲み,その外側にいくつかの共同耕区がひろがり,さらにその外側に森林,牧草地,荒蕪地などの入会地をもつという,三圃農法に最も適合的な〈集村Haufendorf〉であり,第2は10戸前後のルーズなまとまりで,共同の入会地や耕区もあるが,各戸別の耕地も不規則に散在する〈小村〉,すなわちゲルマン地域で〈ワイラーWeiler〉,イギリスで〈ハムレットhamlet〉などと呼ばれる形態であり,第3のタイプは,家屋敷の周囲に各戸の菜園地やブロック状の大小さまざまな耕地,あるいは牧草地などをもち,一戸一戸が分散して,団体規制のきわめてゆるい〈散村Einzeldorf〉である。このほか,干拓や開墾により計画的に道路に沿って規則正しく各戸の家屋敷,菜園地,耕地,牧草地などをもつ〈街村Strassendorf〉,あるいはスラブ系諸族の地域にみられる〈円村Rundling,Runddorf〉などのタイプがあるが,西ヨーロッパの主要な集落形態は,上述の三つと考えてよい。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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