六輪一露之記(読み)ろくりんいちろのき

改訂新版 世界大百科事典 「六輪一露之記」の意味・わかりやすい解説

六輪一露之記 (ろくりんいちろのき)

能楽論書。大和猿楽の金春(こんぱる)座中興の名手金春禅竹(ぜんちく)の代表的著述の一つ。内容は,禅竹自身の六輪一露の説に,南都戒壇院の普一国師志玉(1379-1463)が仏教教理で,関白一条兼良(いちじようかねら)(1402-81)が儒学,とりわけ宋学の立場からそれぞれ理論づけした加注を添え,さらに臨済宗の僧で後に還俗した南江宗沅(なんこうそうげん)(1356-1463)の跋文を付して一書に編んでいる。跋文の奥書などから1455年(康正1)の秋から翌年の正月までの間に成立したことがわかる。六輪一露の説とは,禅竹が密教の三摩耶形(さんまやぎよう)の水輪をかたどったという六輪(寿輪,竪輪(しゆりん),住輪,像輪,破輪,空輪)の図と,一露(一剣)の図を中心に,能の本質や芸の境位,あるいは習道の階梯などを究明しようと試みたもので,その根底には禅竹の〈申楽の芸能は本来無主無物の妙用なり〉という思想が貫いている。世阿弥後期の能楽論,とくに性花・用花の説,あるいは却来(きやくらい)の思想が強く影響しているが,全体としては禅竹独自の理論とみるべきであり,数多い彼の伝書の中でもその能楽論の根幹を成すものとして評価されている。ただし,世阿弥の能楽論の多くが,実際の能と体験に裏づけられた,いわば肉体化した稽古けいこ)習道論であるのに対して,禅竹のそれは,本書を含めていずれも歌道,儒学,神道,仏教など権威ある諸学の説を借りて究明しようとする観念的・抽象的な理論が多く,そのため難解で,現実の能からも遊離しているきらいがある。禅竹の六輪一露説は,ほかに《六輪一露之記注》や《六輪一露秘注》(寛正本,寛正6年奥書と文正本,文正1年奥書)などがある。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「六輪一露之記」の意味・わかりやすい解説

六輪一露之記
ろくりんいちろのき

能楽論。金春禅竹作。康正1 (1455) 年成立か。世阿弥の能楽論を受継いで,禅の教理で解釈しようとした禅竹の考えを代表的に示すもの。能の進化過程を無に始って無に終ると図解している。この案に,東大寺の志玉と一条兼良が注を,五山僧で還俗した南江宗 沅が跋を書いている。作者自身の注ものちに加えられた。

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