伊地知季珍(読み)イジチ スエヨシ

20世紀日本人名事典 「伊地知季珍」の解説

伊地知 季珍
イジチ スエヨシ

明治・大正期の海軍中将



生年
安政4年3月26日(1857年)

没年
昭和10(1935)年4月7日

出身地
薩摩国(鹿児島県)

学歴〔年〕
海兵卒

経歴
明治16年海軍少尉となる。武蔵・金剛・浪速・出雲・鹿島艦長などを経て、41年呉工廠長となる。この間、日露戦争には出雲艦長として出征、第2艦隊旗艦を務めた。44年中将。大正元年第2艦隊司令長官、翌2年艦政本部長、3年横須賀鎮守府司令長官、4年呉鎮守府司令長官を歴任した。のち海軍将官会議議員などを務めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「伊地知季珍」の解説

伊地知季珍 いじち-すえよし

1857-1935 明治-大正時代の軍人。
安政4年3月26日生まれ。武蔵(むさし)艦長,金剛(こんごう)艦長などをへて,明治41年呉工廠(くれこうしょう)長。44年海軍中将。大正元年第二艦隊司令長官,翌年艦政本部長。4年呉鎮守府司令長官となる。昭和10年4月7日死去。79歳。薩摩(さつま)(鹿児島県)出身。海軍兵学校卒。名は「すえうず」ともよむ。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む