伊孑志渡(読み)いそしのわたし

日本歴史地名大系 「伊孑志渡」の解説

伊孑志渡
いそしのわたし

西宮から伊孑志を通って小浜こはま宿へ向かう街道武庫むこ川渡河点にあった渡し。文化二年(一八〇五)に客と争論があり、その処理についての伺書(伊孑志土地株式会社文書)によれば、平日の夜間は渡しはせず長刀刎とよばれる堤に引上げていた。「其日之渡守」四人と市左衛門ら世話人二人がいた。文政五年(一八二二)から世話人の市左衛門や小浜宿の菊屋万太郎らが施主となって無料の施行渡と施行仮板橋を設けた。その願書(同文書)によると、普段は板橋が架かっているが増水の際には板橋を外すので巡礼者に不便をかけているという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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