伊秩城跡(読み)いじちじようあと

日本歴史地名大系 「伊秩城跡」の解説

伊秩城跡
いじちじようあと

[現在地名]佐田町一窪田

神戸かんど川に伊佐いさ川が合流する左岸の標高二三六メートルの丘陵につくられた戦国時代の山城平地との比高八〇メートル余。平成元年(一九八九)佐田町教育委員会が部分的な調査を実施した。郭は南北に延びる丘陵の尾根筋を加工して造られており、頂部に広い主郭部がある。ここには建物の礎石と考えられる石列がある。下方には四―五メートルの高低差をもって造られた階段状の郭群があり、土塁をもつ郭や井戸跡が残る。南東と南西には畝形阻塞群がある。畝の間隔は四―五メートルである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む