伊秩城跡(読み)いじちじようあと

日本歴史地名大系 「伊秩城跡」の解説

伊秩城跡
いじちじようあと

[現在地名]佐田町一窪田

神戸(かんど)川に伊佐(いさ)川が合流する左岸の標高二三六メートルの丘陵につくられた戦国時代の山城。平地との比高八〇メートル余。平成元年(一九八九)佐田町教育委員会が部分的な調査を実施した。郭は南北に延びる丘陵の尾根筋を加工して造られており、頂部に広い主郭部がある。ここには建物の礎石と考えられる石列がある。下方には四―五メートルの高低差をもって造られた階段状の郭群があり、土塁をもつ郭や井戸跡が残る。南東と南西には畝形阻塞群がある。畝の間隔は四―五メートルである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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