伏見御殿跡(読み)ふしみごてんあと

日本歴史地名大系 「伏見御殿跡」の解説

伏見御殿跡
ふしみごてんあと

福山城本丸の天守台南方にあった。その一部御湯殿は払下げ取壊された時にも残ったが、第二次世界大戦の戦災焼失。その後復原された。その他の建物は礎石を残すのみである。「西備名区」に次のようにみえる。

<資料は省略されています>

その他に京都聚楽第の後陽成天皇行幸の間であった皇帝の間と称した書院(狩野永徳の襖絵があった)や、淀君御産の室と伝える御居間など伏見より移建した建物があったが、明治六年民間に払下げられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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