会津神社志(読み)あいづじんじゃし

改訂新版 世界大百科事典 「会津神社志」の意味・わかりやすい解説

会津神社志 (あいづじんじゃし)

会津藩内の神社について,藩主保科正之(ほしなまさゆき)の命をうけ,服部安休(1619-81)が記した書。1巻。1672年(寛文12)成立。近世初期の名君として知られる保科正之は,儒家神道垂加すいか)神道,ことに吉川惟足(これたり)の理学神道の影響をうけていたが,藩内神社の荒廃をみて,1665年友松勘十郎,木村忠右衛門,服部安休らに命じて,その調査に当たらせ,その復興をはかった。それにより,安休が会津郡89座,耶麻郡76座,大沼郡62座,河沼郡41座の4郡268座の由緒ある神社名を列挙したのが本書で,林羅山の子鵞峰,孫鳳岡,山崎闇斎の序文,吉川惟足,服部安休の跋文をつけているが,それらにより,会津藩の神祇行政が知られる。
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