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服部安休 はっとり あんきゅう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

服部安休 はっとり-あんきゅう

1619-1681 江戸時代前期の儒者,神道家。
元和(げんな)5年生まれ。林羅山(らざん)にまなび,陸奥(むつ)会津(あいづ)藩につかえる。藩主保科正之(ほしな-まさゆき)の命で吉川惟足(これたり)に師事し,「会津神社志」の編修にくわわる。寛文12年(1672)会津神社管領となった。延宝9年5月29日死去。63歳。江戸出身。名は尚由。通称は門十郎。

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朝日日本歴史人物事典の解説

服部安休

没年:天和1.5.29(1681.7.14)
生年:元和5(1619)
江戸前期の儒学者,神道家。名は尚由,通称は門十郎。安休はその号。父は服部伝兵衛。林羅山の門に入って儒学を学び,明暦3(1657)年会津藩主保科正之の前で儒学を講じたことが機縁で同藩に召し抱えられた。寛文4(1664)年正之の命を受けて吉川惟足に神道を学び,翌年には山崎闇斎と神道について論争し,闇斎に吉川神道を学ばせる契機を作った。正之の,藩内における寺社縁起の調査や式内社の再興などの事業は安休を中心に行われたもので,その功績により同12年には会津領神社管領に任ぜられた。<参考文献>木村定三『服部安休』,『会津若松史』3巻

(鈴木暎一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の服部安休の言及

【会津神社志】より

…会津藩内の神社について,藩主保科正之(ほしなまさゆき)の命をうけ,服部安休(1619‐81)が記した書。1巻。…

※「服部安休」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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