伯太藩陣屋跡(読み)はかたはんじんやあと

日本歴史地名大系 「伯太藩陣屋跡」の解説

伯太藩陣屋跡
はかたはんじんやあと

[現在地名]和泉市伯太町四丁目

信太山しのだやま丘陵中腹にあり、陣屋を取囲むように家臣団の屋敷が立並んでいた(伯太陣屋図「和泉市史」所載)。藩主渡辺基綱が居所を伯太に定めたのは享保一二年(一七二七)のことであるが、和泉との関係は二代前の吉綱(側用人)が寛文元年(一六六一)大坂定番に就任し、河内・和泉両国において一万石を加増(計一万三千五〇〇石)された時に始まる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報