但馬村(読み)たじまむら

日本歴史地名大系 「但馬村」の解説

但馬村
たじまむら

[現在地名]三宅町大字但馬・上但馬

曾我川と飛鳥川沿岸に所在。両河川に挟まれた本村の西但馬、飛鳥川東岸の東但馬、曾我川西岸の但馬出屋敷、西但馬南方の上但馬(明治四年、但馬から分村、同八年合併、同一六年再び分村)からなる。

慶長郷帳の村高は五七七・五三四石で御番衆領。元和元年(一六一五)郡山藩(水野勝成)領となり、のち二割半無地高増政策で村高七二一・九一八石。和州御領郷鑑に享保九年(一七二四)の反別四二町八反四畝八歩、家数五八(本百姓四一、水呑一七)、人口二八一、医者一(本道)、牛九、職人二(大工一、かちや一)、商人九(かせ売・油屋・わたや・肥や・請酒や・小間物や・塩ミそや・素麺や・そうりや各一)とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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