住厭城跡(読み)すみあきじようあと

日本歴史地名大系 「住厭城跡」の解説

住厭城跡
すみあきじようあと

[現在地名]久留米市御井町

戦国期にみえる城郭の跡。高良(こうら)山頂から西に延びる尾根(最高部標高約三一〇メートル)にある。杉(すぎ)ノ城ともいう。「高良山地名之事」に「住厭、城跡アリ、大谷ノ上、杉城トモ云、菊池氏ハ千五百騎ニテ籠城也」とあり、遅くとも室町期には当城が用いられていたと推定しうる。筑後国の戦略上の要地にある高良山は全山が要害化されており、山中内外に当城のほか六、七ヵ所の中世城郭遺跡がみられる。その成立年代や活用された時期に相違があるにせよ、南北朝期から戦国末期に至る高良山を舞台とする戦乱のなかで総体として利用されたと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

1 多数の語を集録し、一定の順序に配列して一つの集合体として、個々の語の意味・用法、またはその示す内容について記したもの。語のほかに接辞や連語・諺なども収める。また、語の表記単位である文字、特に漢字を...

辞書の用語解説を読む