佐藤鋼次郎(読み)サトウ コウジロウ

20世紀日本人名事典 「佐藤鋼次郎」の解説

佐藤 鋼次郎
サトウ コウジロウ

明治・大正期の陸軍中将



生年
文久2年4月5日(1862年)

没年
昭和2(1927)年9月18日

出生地
尾張国名古屋城下(愛知県)

学歴〔年〕
陸士(第8期)〔明治19年〕卒

経歴
尾張藩士の家に生まれ、日清・日露戦争、第1次世界大戦に従軍し、大正5年中将に昇進。その間陸軍大学校教官、旅順要塞参謀長、陸軍技術審査部審査官、清国駐屯軍司令官、重砲監などを歴任した。6年予備役となったのち、評論家として軍制改革問題について発言し、とくに総力戦理論を提唱して注目された。また、同仁会常務理事として北平同人病院の改革及び漢口同仁病院の建設に尽力し、10年には日本食糧会社を興した。著書に「国民的戦争国家総動員」がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「佐藤鋼次郎」の解説

佐藤鋼次郎 さとう-こうじろう

1862-1923 明治-大正時代軍人
文久2年4月9日生まれ。明治26年ドイツに留学。日清(にっしん)・日露戦争に出征,旅順要塞参謀長などをへて,45年清国駐屯軍司令官。第一次大戦に参加,大正5年陸軍中将。予備役編入後,軍事評論家となり,のち関東国粋会総長。大正12年9月18日死去。62歳。尾張(おわり)(愛知県)出身。陸軍士官学校卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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