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倉崎権兵衛 くらさき ごんべえ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

倉崎権兵衛 くらさき-ごんべえ

?-1694 江戸時代前期の陶工。
長門(ながと)(山口県)の人。高麗左衛門(こうらいざえもん)に師事し,萩焼をまなぶ。延宝7年出雲(いずも)松江藩主松平綱近の焼物師となり,楽山窯(らくざんがま)をひらく。死後,門人の加田半六が2代目をついだ。元禄(げんろく)7年2月24日死去。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

倉崎権兵衛

没年:元禄7.2(1694)
生年:生年不詳
江戸前期の陶工。出雲(島根県)の楽山焼の開祖。単に権兵衛ともいわれる。萩焼の陶工に倉崎五郎左衛門と勘兵衛という兄弟がおり,権兵衛はそのいずれかの子息と推測されている。『倉崎家勤功録』によると,延宝5(1677)年に出雲藩主松平綱近が松江東郊の楽山に御用窯を開くに当たって,萩藩に懇望して陶工を招聘し,権兵衛が銀10枚,4人扶持で採用されたと伝える。権兵衛は楽山窯で18年間作陶したが,その作風は萩焼と同じく高麗茶碗の写しを主とし,素地も萩焼と同じ黒味を帯びた荒土で枇杷色のかかった藁灰釉を使った。<参考文献>河野良輔「萩・出雲」(『陶磁大系』14巻)

(矢部良明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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