倉知鉄吉(読み)クラチ テツキチ

20世紀日本人名事典 「倉知鉄吉」の解説

倉知 鉄吉
クラチ テツキチ

明治・大正期の外交官 外務次官;貴院議員。



生年
明治3年12月3日(1871年)

没年
昭和19(1944)年12月22日

出生地
加賀国金沢(石川県金沢市)

学歴〔年〕
帝国大学法科大学〔明治27年〕卒

経歴
明治27年に帝国大学法科大学を卒業し、内務省に入る。30年には外務省に移り、政務局参事官やドイツ大使館書記官・通商局参事官・政務局長などを歴任。明治の元勲伊藤博文から篤く信任され、日韓併合に際してはその準備委員として外交文書の原案作成などに当たった。45年内田康哉外務大臣のもとで外務次官となり、大正2年に退官。その後、貴族院議員に互選され、中国への借款事業などを後援した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「倉知鉄吉」の解説

倉知鉄吉 くらち-てつきち

1871*-1944 明治-大正時代の外交官。
明治3年12月3日生まれ。統監府書記官をへて明治41年外務省政務局長となり,韓国併合のための外交文書を準備した。45年外務次官。貴族院議員。昭和19年12月22日死去。75歳。加賀(石川県)出身。帝国大学卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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