日本歴史地名大系 「元安保村」の解説 元安保村もとあぼむら 埼玉県:児玉郡神川町元安保村[現在地名]神川町元阿保(もとあぼ)原新田(はらしんでん)村・関口(せきぐち)村・植竹(うえだけ)村の北に位置し、東は大御堂(おおみどう)村(現上里町)、西は肥土(ひど)村。中世の安保郷に比定される。文化一一年(一八一四)の村明細帳(茂木家文書)によると、当村は阿保郷と称してきたが、慶長九年(一六〇四)の検地帳に安保と記され、賀美(かみ)郡内に阿保(安保)と唱える小村(安保町、現上里町をさす)があるため紛れやすいので、郷名の起こる元村の意味で、一六〇―一七〇年以前に元の字を付し、元阿保・元安保の両様を用いるようになったとしている。天正一八年(一五九〇)徳川家康関東入国後に菅沼定盈は「上野国阿保」において一万石を与えられているがこれは当地をさし、慶長六年幕府領となる(「寛政重修諸家譜」など)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by