神川町(読み)かみかわまち

日本歴史地名大系 「神川町」の解説

神川町
かみかわまち

面積:二三・二三平方キロ

児玉郡の西部に位置し、東は児玉町、北は上里かみさと町、西は神流かんな川を隔て群馬県藤岡市・多野たの鬼石おにし町、南は神泉かみいずみ村に接する。町域の地形は全体として南が高く、北に向かって低い。南部の御嶽みたけ(三四三・四メートル)の北へ続く山稜は池田いけだの神川青年の家付近に達し、これに続いて小高い青柳あおやぎ丘陵がある。その北側に続く台地は神流川によって形成された扇状地で、低地はその西側の同川沿いに南北に延びている。神流川からは新宿しんしゆく寄島よりしま地内で九郷くごう用水、小浜こばま地内で阿保領あぼりよう用水を分水、後者の途中から新田しんでん川が分流している。JR八高線が町域北部南東から北西に走り、丹荘たんしよう駅がある。八高線の北側を国道二五四号が通り、藤岡市へ通じている。

南部丘陵地には縄文時代の遺跡が多くみられ、神川青年の家地内の池田遺跡は縄文時代早・中・後・晩期の遺跡として知られる。弥生時代の遺跡はおもに台地上に点在し、新里にいさと前組羽根倉まえぐみはねくら遺跡は弥生時代中期の再葬墓もみられ、県内でも早い時期のものとされている。同遺跡では四基の方形周溝墓が発掘調査され、珠文鏡をはじめ鉄鏃・勾玉・土師器が出土したことから五世紀初頭のものとみられる。古墳は町内各地に存在し、六世紀中葉の中新里諏訪山なかにいさとすわやま古墳(前方後円墳)もみられる。


神川町
かみかわまち

2006年1月1日:児玉郡神川町・神泉村が合併
【神泉村】埼玉県:児玉郡
【神川町】埼玉県:児玉郡

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「神川町」の意味・わかりやすい解説

神川〔町〕
かみかわ

埼玉県北西部,神流川沿いの町。西で群馬県に接する。 1954年丹荘村,青柳村合体して神川村となり,1957年渡瀬村を編入し,1987年町制。 2006年神泉村と合体。北部は洪積台地上にあり,ナシの栽培とクジャクソウなどの花卉栽培が行なわれる。南部は秩父山地の北縁にあたり,一帯は上武県立自然公園に属し,群馬県境の三波石峡は国の名勝・天然記念物に指定されている。武蔵国二ノ宮の金鑽神社多宝塔は国の重要文化財,また境内にある「御嶽の鏡岩」は断層運動によって生成されたもので,国の特別天然記念物。新里の光明寺にある銅造阿弥陀如来立像は国の重要文化財。北部を国道 254号線,462号線,JR八高線が通る。面積 47.40km2。人口 1万3359(2020)。

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