八木谷村(読み)やぎがやむら

日本歴史地名大系 「八木谷村」の解説

八木谷村
やぎがやむら

[現在地名]船橋市八木が谷一―五丁目・八木が谷町・みやぎだい一―四丁目・高野台こうやだい一―五丁目・咲が丘さきがおか一―四丁目

大神保おおじんぼう村の南西に位置し、東を志多田しただ川が流れ、北には二重ふたえ川が流れる。「本土寺過去帳」に明応四年(一四九五)一〇月八木谷兵部卿良宗とみえ、地内の長福ちようふく寺周辺に土塁と空堀が残り、八木ヶ谷城跡とされるが、首切り山といわれる低い土塁に囲まれた三角形の場所から文明一八年(一四八六)・明応四年銘などの武蔵型板碑の破片が多数出土している。城主は八木ヶ谷式部胤宣と伝え、長福寺はその館跡という。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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