八角三郎(読み)ヤスミ サブロウ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「八角三郎」の解説

八角 三郎
ヤスミ サブロウ


肩書
衆院議員(政友会)

生年月日
明治13年12月19日

出生地
岩手県

学歴
海兵〔明治34年〕卒 海大〔明治45年〕卒

経歴
日露戦争に従軍。大正3年軍令部参謀、6年第7戦隊参謀として第1次世界大戦に参加。7年支那公使館付武官、次いで「三笠」「金剛」などの艦長、水雷学校長を経て、昭和4年大湊要港部司令官。5年中将、6年予備役。7年以来岩手県から衆院議員連続4期当選、政友会に属した。この間、12年拓務政務次官、20年鈴木貫太郎内閣の内閣顧問をつとめた。著書に「思いいずることども」がある。

没年月日
昭和40年1月20日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

関連語 学歴

20世紀日本人名事典 「八角三郎」の解説

八角 三郎
ヤスミ サブロウ

大正・昭和期の海軍中将 衆院議員(政友会)。



生年
明治13(1880)年12月19日

没年
昭和40(1965)年1月20日

出生地
岩手県

学歴〔年〕
海兵〔明治34年〕卒,海大〔明治45年〕卒

経歴
日露戦争に従軍。大正3年軍令部参謀、6年第7戦隊参謀として第1次世界大戦に参加。7年支那公使館付武官、次いで「三笠」「金剛」などの艦長、水雷学校長を経て、昭和4年大湊要港部司令官。5年中将、6年予備役。7年以来岩手県から衆院議員連続4期当選、政友会に属した。この間、12年拓務政務次官、20年鈴木貫太郎内閣の内閣顧問を務めた。著書に「思いいずることども」がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「八角三郎」の解説

八角三郎 やすみ-さぶろう

1880-1965 大正-昭和時代軍人,政治家
明治13年12月19日生まれ。軍令部参謀,支那公使館付武官,第一・第二水雷戦隊司令官などをへて大湊要港部司令官。海軍中将で退役後,昭和7年政友会から衆議院議員(当選4回),戦後日本進歩党所属。終戦時の鈴木貫太郎内閣の顧問をつとめた。昭和40年1月20日死去。84歳。岩手県出身。海軍大学校卒。

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367日誕生日大事典 「八角三郎」の解説

八角 三郎 (やすみ さぶろう)

生年月日:1880年12月19日
大正時代;昭和時代の軍人;政治家。衆院議員
1965年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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