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八雲恵美子(読み)ヤグモ エミコ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「八雲恵美子」の解説

八雲 恵美子
ヤグモ エミコ


職業
女優

本名
玉野 千代子

生年月日
明治36年 8月15日

出身地
大阪府 大阪市北区相生町

学歴
相生小卒

経歴
18歳の時上海に恋の逃避行。夢破れて帰国芸者となったが、大正13年大阪の松竹楽劇部、15年松竹蒲田入社。五所平之助監督の「初恋」でデビュー。蔦見丈夫監督「恋の闖入者」に主演。売れっ子となり、昭和2年準幹部。五所の「からくり娘」に主演。3年幹部昇進。「果報は寝て待て」「村の花嫁」「美人かし間」などに主演。井上正夫、鈴々伝明、岩田祐吉らと共演し栗島すみ子に次ぐホープとして活躍。5年岡田時彦と「その夜の妻」「輝やく女性」で主演した。7年以後田中絹代に座を奪われたが、「涙の瞳」「昨日の女今日の女」「愛の船出」などに活躍。11年以後助演に回り、13年引退。

没年月日
昭和54年 1月13日 (1979年)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「八雲恵美子」の解説

八雲 恵美子
ヤグモ エミコ

大正・昭和期の女優



生年
明治36(1903)年8月15日

没年
昭和54(1979)年1月13日

出身地
大阪市北区相生町

本名
玉野 千代子

学歴〔年〕
相生小学校卒

経歴
18歳の時上海に恋の逃避行。夢破れて帰国。芸者となったが、大正13年大阪の松竹楽劇部、15年松竹蒲田入社。五所平之助監督の「初恋」でデビュー。蔦見丈夫監督「恋の闖入者」に主演。売れっ子となり、昭和2年準幹部。五所の「からくり娘」に主演。3年幹部昇進。「果報は寝て待て」「村の花嫁」「美人かし間」などに主演。井上正夫、鈴々伝明、岩田祐吉らと共演し栗島すみ子に次ぐホープとして活躍。5年岡田時彦と「その夜の妻」「輝やく女性」で主演した。7年以後田中絹代に座を奪われたが、「涙の瞳」「昨日の女今日の女」「愛の船出」などに活躍。11年以後助演に回り、13年引退。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「八雲恵美子」の解説

八雲恵美子 やぐも-えみこ

1903-1979 大正-昭和時代の女優,実業家
明治36年8月15日生まれ。17歳で山村流舞踊の奥許しをあたえられる。大阪の松竹楽劇部をへて大正15年松竹蒲田にはいり「初恋」でデビュー,人気女優となる。「からくり娘」「村の花嫁」などに出演。昭和13年引退後は化粧品会社,貿易会社の社長。昭和54年1月13日死去。75歳。大阪出身。本名は玉野千代子。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の八雲恵美子の言及

【東京の合唱】より

…脚本は野田高梧,撮影と編集は茂原英朗という常連スタッフ。子どもっぽい正義感から失職したサラリーマン(岡田時彦)が妻(八雲恵美子)と2人の子どもをかかえて苦労するさまを描いた。〈小市民映画〉の最初の成功作で,冒頭に田舎で過ごした中学時代の挿話を置き,その時の教師(斎藤達雄)が東京でカレーライス屋を開いていて,主人公一家の窮状を救うという構成は,同級生の交歓(このカレー屋で先生を囲んでクラス会が開かれる)という主題とともに,中期の小津作品が完成に近づいたことを示している。…

※「八雲恵美子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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