六万体(読み)ろくまんたい

日本歴史地名大系 「六万体」の解説

六万体
ろくまんたい

[現在地名]天王寺区六万体町・夕陽丘町

四天王寺の北西にある通称地名。「宝暦町鑑」の天王寺村町名寄のうち四天王寺領分に名がみえ、「此分本名にあらず」と注記。「大阪市史」付録の天保一四年(一八四三)の大坂図(考証地図)によれば、西を勝鬘(しようまん)院・真光(しんこう)院および北組(きたぐみ)町、北を絵用(えよう)町、東を南平野町横(みなみひらのまちよこ)町と接している。聖徳太子が四天王寺の周囲に六万体に及ぶ石地蔵を造ったのにちなんでこの名称が起こったといわれ、「摂津名所図会」に「すべて天王寺郷中に形ばかりの石像あり(中略)今も折々には田畑よりも掘り出す事あり」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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