六条殿跡(読み)ろくじようどのあと

日本歴史地名大系 「六条殿跡」の解説

六条殿跡
ろくじようどのあと

後白河法皇御所の一。寿永三年(一一八四)頃に始まる。「平家物語」巻八には、寿永二年一二月一〇日に「法皇は五条内裏をいでさせ給ひて、大膳大夫成忠が宿所六条西洞院へ御幸なる」と、後白河法皇が平業(成)忠の六条西洞院にしのとういん邸へ御幸したことがみえるが、更に「寿永三年正月一日、院の御所は大膳大夫成忠が宿所、六条西洞院なれば」とあるから、そのまま院御所となったものらしい。

この業(成)忠邸は父信業邸を伝領したものと思われ、「清眼抄」安元元年(一一七五)一〇月七日条に「信業朝臣六条北西西洞院焼亡」と火災記事がみえる邸宅と同じ場所と思われる。「玉葉」にも「六条北、西洞院西」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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