兵庫城跡(読み)ひようごじようあと

日本歴史地名大系 「兵庫城跡」の解説

兵庫城跡
ひようごじようあと

[現在地名]兵庫区中之島一―二丁目など

現在の神戸市中央卸売市場周辺にあったとされ、入口付近には城跡碑が建つが、この地は中世から近世にかけての兵庫津の中心部にあたる。築城者は池田恒興で、天正八年(一五八〇)花熊はなくま(現中央区)攻めの功績により摂津の地を与えられ、翌九年に築城。築城にあたっては花熊城の石材の一部も転用したという伝承が残り(摂津名所図会)天守閣を備えた城であったともいう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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