デジタル大辞泉 「関屋」の意味・読み・例文・類語 せき‐や【関屋】 関所の番小屋。「人住まぬ不破の―の板びさし荒れにし後はただ秋の風」〈新古今・雑中〉源氏物語第16巻の巻名。光源氏、29歳。源氏が石山寺へ参詣の途中、逢坂おうさかの関で空蝉うつせみと行きあい、往時をしのぶことなどを描く。 出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
精選版 日本国語大辞典 「関屋」の意味・読み・例文・類語 せき‐や【関屋】 [ 1 ] 〘 名詞 〙 関守(せきもり)の住む家。関守の番小屋。また、関所の建物。[初出の実例]「逢坂のせき屋なになりちかけれどこえわびぬればなげきてぞふる」(出典:蜻蛉日記(974頃)上)「愛発(あらち)の山のせき屋を拵へて、夜三百人、昼三百人の関守を据ゑて」(出典:義経記(室町中か)七)[ 2 ][ 一 ] 「源氏物語」第一六帖の名。光源氏二九歳の九月末前後。源氏は石山寺へ参詣の途中、逢坂の関屋付近で、夫常陸介(ひたちのすけ)について上洛する空蝉(うつせみ)の一行と行きちがい、往時を思う。やがて常陸介は死に、空蝉は出家する。[ 二 ] 隅田川の左岸にあった古村名。現在の東京都足立区千住関屋町の一帯にあたる。 出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
日本歴史地名大系 「関屋」の解説 関屋せきや 愛知県:豊橋市吉田城下関屋[現在地名]豊橋市関屋町吉田城の西、総堀の内にあって豊川に面する。ここに吉田藩の御船蔵が置かれ、藩侯専用の波止場があった。元亀元年(一五七〇)酒井忠次が初めて豊川に架橋したのもこの場所である。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報