兼田村(読み)かねだむら

日本歴史地名大系 「兼田村」の解説

兼田村
かねだむら

[現在地名]姫路市兼田

飾東(しきとう)郡に所属。市(いち)川の左岸に位置し、南は妻鹿(めが)村、東は北原(きたはら)村。集落は上兼田と下兼田に分れて発達している。嘉吉三年(一四四三)一一月四日の青木重行下地寄進状(松原神社文書)によると、三野南条本郷(みのなんじようほんごう)のうち「兼田」の一段の地が松原(まつばら)八幡宮に寄進されている。文亀二年(一五〇二)分の松原八幡宮領年貢散用状では兼田分として田二町二段余がみえ、分米一七石余のうち一一石余が納入されていた(同三年八月吉日「重慶等連署散用状」同文書)。永正一八年(大永元年、一五二一)九月六日には「兼田村」などの商人が松原八幡宮の神役を勤める代償として諸公事を免除されていた(「浦上村宗奉書」同文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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