内田平四郎(読み)うちだ へいしろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「内田平四郎」の解説

内田平四郎 うちだ-へいしろう

1839-1910 明治時代の殖産家。
天保(てんぽう)10年生まれ。駿河(するが)吉原宿(静岡県富士市)の人。明治2年富士山麓の内山入会地の開拓をこころざしミツマタなどを栽培,愛鷹(あしたか)山麓の村々にもすすめて生産増強をはかる。12年手漉(てすき)和紙工場の鉤玄(こうげん)社を設立。近県にミツマタの栽培法をつたえるとともに,製紙の改良につとめた。明治43年死去。72歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む