内藤義孝(読み)ないとう よしたか

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「内藤義孝」の解説

内藤義孝 ないとう-よしたか

1668-1713* 江戸時代前期-中期大名
寛文8年生まれ。内藤義概(よしむね)の3男。貞享(じょうきょう)2年陸奥(むつ)平藩(福島県)藩主内藤家4代となる。治世は28年におよび,領内神社仏閣保存につくした。露江の俳号をもち,兄露沾(ろせん)とともに西山宗因親交があった。正徳(しょうとく)2年12月10日死去。45歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む