内野辰次郎(読み)ウチノ タツジロウ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「内野辰次郎」の解説

内野 辰次郎
ウチノ タツジロウ


肩書
衆院議員(立憲政友会)

生年月日
慶応4年8月(1868年)

出身地
福岡県

学歴
陸軍士官学校〔明治22年〕卒 陸軍大学校〔明治36年〕卒

経歴
陸軍歩兵少尉より日清・日露戦争を経て陸軍中将に累進。陸軍士官学校教官、陸軍戸山学校教官、第11師団参謀長、教育総監部第1課長、歩兵第20、第40各旅団長、第7師団長となる。大正13年福岡4区から衆院議員に当選。通算4期つとめ、立憲政友会総務となる。満州上海派遣軍ならびに在留邦人慰問議員団長として派遣された。

没年月日
昭和8年12月5日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「内野辰次郎」の解説

内野辰次郎 うちの-たつじろう

1869*-1933 明治-昭和時代前期の軍人,政治家
明治元年11月23日生まれ。第十一師団参謀,近衛師団参謀長,第七師団長などをつとめる。大正8年陸軍中将。13年衆議院議員(当選4回,政友会)。昭和8年12月5日死去。66歳。豊前(ぶぜん)築城郡(福岡県)出身。陸軍大学校卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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