円山城跡
まるやまじようあと
[現在地名]足助町御蔵
阿摺川と久木川の合流点に突出す尾根の先端にある。二条の堀切(空堀)によって本丸・二の丸・三の丸に区切り、一段下にこれらを取巻くように帯曲輪を設ける。初代城主は、室町時代、六代将軍義教に仕えた鈴木和泉守高国・二代円山蔵之輔義清・三代鈴木筑後守高教。高教は永正八年(一五一一)山城国船岡山合戦の功によって阿摺郷内に領地を賜ったといい、一説には高教が父高国と赴任して築城したとも伝える。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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