出後城館群跡(読み)いずごじようかんぐんあと

日本歴史地名大系 「出後城館群跡」の解説

出後城館群跡
いずごじようかんぐんあと

現大山田村域では鳳凰寺ぼおうじ村と並んで、中世末城館の比較的大きい規模のものが残っている。南部山地続きに点々と城館と推定される遺構が認められるが、形態・規模など未調査の段階である。出後の東北部辻の内つじのうち服部はつとり川の西岸平地に伝出後氏館がある。地誌取調上申書では「現今田圃となりて、その所在地不詳、伝ニ依ル」とあるが、明治二〇年(一八八七)頃の地図によると東側と北側の堀跡は一段低い細長い田として認められ、南側と西側の土塁跡は不明。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む