前方村(読み)まえがたむら

日本歴史地名大系 「前方村」の解説

前方村
まえがたむら

[現在地名]小値賀町前方郷まえがたごう

小値賀島の東部に位置する。永正四年(一五〇七)宇久氏一五代囲の子の三郎が玉ノ浦騒動の際に逃れて上陸した地という。北東に突き出した小半島に本城ほんじよう岳があり、中世山城の跡とされる。その南西唐見からみ崎に若宮神社鎮座。海岸部で中世に渡海する船が用いたとされる碇石が発見されている。臨済宗西林さいりん寺跡では一一世紀後半から一六世紀にわたる中国大陸・朝鮮半島からもたらされた陶磁器が出土、また南北朝期から近世初期にかけての宝篋印塔や板碑型石塔が残る。木場こば長寿ちようじゆ寺は一四世紀末に宇久勝が創立したと伝え、室町期からの文書類・典籍、また絹本着色正眼国師和尚像、春日版法華経八巻などがあり、後者は松浦義(天叟、一四七〇年没)により寄進されたもの。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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