前田 虎雄(読み)マエダ トラオ

20世紀日本人名事典 「前田 虎雄」の解説

前田 虎雄
マエダ トラオ

大正・昭和期の国家主義者 大東塾顧問。



生年
明治25(1892)年4月25日

没年
昭和28(1953)年3月21日

出生地
長崎県

学歴〔年〕
島原中〔明治43年〕中退,南満州鉄道従業員養成所〔大正2年〕卒

経歴
大正5年まで満鉄運輸課に勤務。退職後、井上日召本間憲一郎、木島完之らと支那第三革命を目指した動きに参加。また日本軍のためにも働く。12年帰国、15年津久井龍雄らの建国会に入るが上杉慎吉と合わず脱退、日本山妙法寺で得度。国家主義思想と自己完成の融合統一たる「皇道」という論を唱導。昭和6年上海に渡り、亜州大同連盟の結成参与、翌年愛国勤労党中央委員となる。8年神兵隊事件を隊司令として指揮し、検挙。14年影山正治の大東塾顧問となる。15年独伊軍事同盟締結を期す大東塾のテロ事件の首謀者として再検挙されるが、無罪となった。戦後、亜細亜友之会を設立。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報